HERO

≪2≫





(コナン君って歩美ちゃんの事どう思ってるのかな…)

歩美に対するコナンの態度を見ていて、急に湧き上がる一つの疑問。


手を引かれ、言われるままに二人でフレームに収まっている光景は、どこから見ても小さなカップルのように思えた。
だからと言って、コナンが好きなのは自分じゃないと思っている歩美の気持ちは納得がいかないのだろうけど。
(好きな子がいるって言ってたよね・・・)
誰を?
ふいに浮かんだ疑問が頭の中から離れなくなる。
(・・・・・・)
暫く考えて、蘭はぶんぶんと頭を振った。
(やだ、私何を考えてるんだろう)
相手は、子供なのに。

「どうしたの、蘭?顔、百面相になってるよ?」
「え、あ、なんでもないよ」
夕食に選んだ寿司屋で、園子に指摘されるまで、蘭の頭の中は一つの事でいっぱいだった。
「・・・・・もしかして、コナン君の事が気になるんじゃない?」
「え?」
唐突に図星を付かれ、声が上ずる。
それを見た園子がニヤっと笑った。
「・・ほんっと、正直よね・・」
「やあねぇ・・・違うわよ」
「あらぁ〜そう?そういう風には見えなかったけど?」
「・・・そういう風って、じゃあどんな風に見えたって言うのよ?」
「まぁ、差し障りなく言えば保護者として気にしてるって事かな」
最近園子は、よくこの言葉を使う。
保護者。なんとも都合のいい言葉だ。
保護者の立場だったら、弟的存在(?)のコナンの色恋沙汰に関心があってもおかしくはない。
こういう時、妙に鋭い親友を侮れないなと思いながら、蘭はそれでもうんとは言わなかった。
「でも、最近ちょっと違うかな」
・・違う?違うって何が?
指摘された事にどぎまぎしながら、恐る恐る先を促した。
「・・違うって、一体何が?」
少し引き攣った顔で、園子を見れば自信ありげな目でクスリと笑っている。
「蘭の、コナン君に対するキモチよ」
「私の、コナン君に対するキモチって・・・・・」
「私が思うに、あの子供らしくないっていうか、生意気な所が似てるんでしょう?・・新一君にさ」
新一の名前が出た途端、蘭の顔が火を噴いたように赤くなった。
「もう、どうしてそこに新一が出てくるのよ!」
自然と声が大きくなるのを止められない蘭とは反対に、園子は落ち着き払った様子だ。
「蘭・・・いい加減往生際が悪すぎよ」
むしろ、乾いた笑いを浮かべ呆れている。

新一の話題を出すと蘭は大抵顔を赤らめ、単なる幼馴染だということを強調する。
だが、端から見ていれば誰が見たって恋人同士にしか見えない。
コナンに対する蘭の気持ちも、おそらくそこに付随しているのだろうと園子は当たりを付けていた。
生意気な子供だが、いざという時に頼りになるのは以前新作ゲーム披露試写会での事や、去年の飛行機事故の時にも証明されている。
(生意気で、頼りがいがあって、いざという時に・・・語りそうだよねあのガキンチョも)
実際、新一の気障っぷりは以前からイヤと言うほど知っている園子だったが、実際コナンが気障な態度を取った場面など出くわしてない。
だが、容易に想像できてしまって、1人引き攣った笑いを浮かべた。
そんな園子に、蘭が呟くように言った。

「・・・違うよ、園子。コナン君は、コナン君だもん。新一の代わりなんかじゃないの」
蘭の言葉に、園子は目をぱちくりと瞬きした。
(そう思うこと自体、あのコの事を特別に思っているってコトじゃない)
だが、蘭は全くその事には気付いてないらしい。
「・・・じゃあ、尚更コナン君の事、気になるんでしょ?」
「・・・・・・・・・・・・そうなるの?」
「なるの!」
(どうしてこうもあたしの周りは鈍感揃いなのかしらね?)
園子は、盛大に溜息を吐きたくなった。
「っていうか、珍しくあんまりあの子蘭の傍にいなかったじゃない?」
「・・・・・・」
「それが気になってたんでしょ?」
図星もいい所通り越している指摘に、蘭は返す言葉もない。
追い討ちをかけるように、園子は更に付け足した。
「まぁ大丈夫よ、気にしなくても。コナン君だって蘭の事ものすごく大事に思ってるみたいだから」
「・・何を根拠にそんなこと」
不審がちに訴えたが、さらりと交わされた。
「見てりゃ、分かるよ」
(新一君と血が繋がってるだけあって、分かり易い性格してるもん)
態度に、全部表れている。
蘭が記憶喪失になったときも。
コナンの蘭を大切にしている気持ちは、彼の態度から容易に推察できた。
(まったく、歩美といい、コナンといい、マセガキなんだから)

一方、蘭と言えば、強く言い切る園子の言葉に、ただ驚くばかりで。
端から見ている他人の方がよく見えることはよくあるけれど。
園子の言った事は、驚きが多すぎる。

『見てりゃ、分かるよ』
そんなものなんだろうか。
けれど、自分でも未だ理解しきっていない感情を人から断言されてもすぐに納得のいくものではなく。
結局、納得するまで考えるしかないものだ。


「・・・もう、この話はここでおしまい!せっかくのお寿司なんだから沢山食べようよ」

それ以上、その話はすることなく、蘭達は夕食を味わうことにした。





夕食を終え、ホテルに戻ると博士達はもう戻ってきていた。
部屋は2部屋に分けていたため、蘭と園子は自分達の部屋に買って来た荷物をしまい終えると、
帰ってきた事を伝えに博士の元に向かうと、早々部屋に舞い戻った。
「さあて、乾杯しよっか!」
園子は土産袋からワインと紙コップを取り出し、ワインの栓を外した。
「ええ?お酒なんか飲んじゃまずいんじゃない?」
「硬いことは言いっこなしよ。せっかく海一つ越えて来たっていうのに今日はまだいい男に巡りあえなかったしさ、ゲン担ぎしなきゃ」
そう言いながら、紙コップにワインを注ぎ、蘭に差し出した。
「はい、蘭も」
「ええ〜・・そんな事言っちゃって、あとで京極さんにばれたら本当に愛想尽かされちゃうよ?」
「なによーコナン君みたいな事言わないでよ」
「だって〜」
ふてくされた園子に、蘭は苦笑しながらも困っていた。
2人とも未成年なのだ、躊躇して当たり前。
だが、蘭の引き様に園子はやがて小さく呟いた。
「だって、仕方ないじゃない?本当は真さんにも声かけたかったんだけど・・試合前だし」
「なぁんだ、じゃあ私達京極さんの代わりなわけ?」
蘭の口元に苦笑が浮かぶ。
それを見た園子は、慌てて言った。
「そんなんじゃないわよっ。真さんは真さん、蘭達は蘭達!代わりになんてなれっこないもん・・・」
途中から勢いが消え、段々小さくなる声。
その様子に、蘭は目を丸くし、ややして小さく微笑んだ。
「・・そうね・・・じゃあ、少しだけ付き合ってあげようかな」
「そうこなくっちゃ!」
「でも本当に少しだけよ?」
「はいはい♪」





飲み出したのも束の間、ボトルを3分の1も開けないまま、園子は真っ赤な顔で転寝し始めた。
「寝ちゃったの・・?」
蘭が声をかけても、ソファに背を預け俯き加減に頭を下げた体制で、すでに寝息を立てていた。

風邪を引かないように、ベッドの毛布を1枚そっとかけてやると、
蘭はワインボトルとコップを片付け始める。

一通りテーブルの上を片付け、お風呂にでも入ろうか、と思った時、コンコンと小さく部屋の扉を叩く音が聞こえた。
(誰だろう?)
扉を開けるとそこにコナンの姿があった。
「・・コナン君、どうしたの?」
「あのね、今から散歩に行こうって博士達が言ってるんだけど、蘭ねーちゃん達も行かない?」
夜景が見れる場所があるんだって。
にこっと笑うコナンに、先程の園子との会話を思い出す。
「・・・ごめん、私ここに残ってるわ。園子もなんか疲れて寝ちゃったし」
本当は、酒に酔って眠ってしまっただけなのだが。
蘭も、普段から体力には自信があるほうなので、別に疲れてはいない。
ただ、なんとなく今コナンと顔を合わせていたくないと思った。
だが、そんなこととは知らないコナンは怪訝そうな顔で蘭を見上げた。
「・・具合でも悪いの?」
そういう事にしておこうと、話を合わせるつもりで言葉を続けた。
「ん、まぁね・・・・昼間結構いろんな所に行ったから。ちょっと疲れちゃったのかな」

素直に心配したコナンに嘘をついた事で、その場に感じた気まずさ故に早口になった蘭を
体調不良のせいと取ったのか。

「もしかして、熱あるんじゃない?」
心配顔で、蘭の額へ手を伸ばした。
熱を測ろうとしたのだろう。
けれど。
「だ、大丈夫だってば!」
咄嗟にその手をはじいた。
「あ・・・・」
「ご、ごめん、あの・・・」
驚いたコナンの顔に、言葉に詰まる。

(ばか!何やってるのよ?)
一瞬、訳が分からなくなった。

何とかごまかそうと考えてる間に、コナンに先を越されて。
「・・・ごめんなさい。今日はもう早く寝たほうがいいよ。じゃあね」
そう告げられ、閉められた扉の前で蘭は1人立ち尽くすしかなかった。




1人きり。時間の過ぎる遅さに、耐えかねて溜息が毀れる。
何を待つわけでもないのに、何かを待っているような。

少し開けた窓の外からは、静かに鈴虫の鳴く声と、隣では園子の小さな寝息が聞こえているだけ。

(なんか、園子の言った意味、分かっちゃった・・)

さっき、コナンの手を振りはじいた時。
自分の感情が全部飲み込めてしまった気がしていた。

コナンがいなくなる事。
それは今まで考えた事のないことだった。
いつか、両親の元へ帰ることになるだろう未来を頭ではとっくに理解していながら、
いなくなった後、自分がどう思うかなど考えた事がなかったのだ。

小さい体で、いつも近くにいて、心強さを感じていた存在。

(でも、コナン君だっていつかは帰ってくよね)

10も年上の蘭だって、両親と一緒に暮らしたいと思うのだから、7歳のコナンにとっては当たり前の事だろう。

いつかは両親の元へ、そして好きな人の所へ。

大事過ぎて遠ざけていた気持ちを今更ながらに気付いたと同時に、失くす事への不安を覚えた。
(どちらにせよ、いつか別れが来る)

そう気付いて、たまらなく寂しくなった。




「園子、起きて。」
「ん・・・なあに?」
「私ちょっと夜風に当たってくるね。」
「はいよ〜オヤスミ」

考えても結論の見えない想いに少し疲れて、蘭はホテルの外へ飛び出した。
ほろ酔い気分で、眠たそうな顔つきの園子に見送られ、どこへ行くわけでもなく市内へと足を向けた。







***

蘭が部屋を出て行ったのと入れ違いのように、コナンは蘭達の部屋を再度訪れた。
だが、部屋にいたのは眠たげな表情の園子1人。
「蘭ねーちゃんは?」
「蘭なら外で涼んでくるって言ってたわよ・・。」
どうやら転寝していたらしく、欠伸交じりに告げられ、早々に部屋を後にした。

あれから蘭の様子が気になって、途中で引き返してきたのだが。
園子に言われるまま、ホテルの周辺をうろついてみたが蘭の姿はどこにもない。
(どこ行ったんだ?)
時計を見れば、まだ8時を回ったばかり。
1本道を挟めば、そこは観光地だから、夜遅くまで営業している店が密集している。
街中にでたのだろうか、とコナンは大通りへと向かった。
(・・ったく、蘭のヤツ。方向音痴のくせに1人でどっか行って迷ったりしたらどーすんだよ?)
旅行者の集う観光地とは言え、夜道は夜道。
自分の体力に自信があるとはいえ、過信しすぎな所がある彼女に少々苛立ちを覚えた。
だが、それ以上にさっきなんらかの違和感を感じながらも、何も気付かなかった自分にも腹が立つ。

こういう時に限って、普段の推理力は全然役に立ってくれない。
事ある毎に周りから鈍いと言われる所以を痛感せずにはいられなかった。
そして何よりも。何も言わずに行ってしまった蘭の事が気になった。

なんとなく気が競っていたのか、狭い路地から大通りに差し掛かった角で、誰にかにぶつかってしまった。
「うわっ!」
「きゃあ!」
出会いがしらにぶつかって、勢いよく地面に尻餅をつく。
「ボク、大丈夫?」
「あ、うん。ごめんなさい」
転んだコナンに駆け寄り手を差し伸べたのは、小柄な品のいい大人の女性だった。
やや落ち着いた緑色の髪を左右で束ね、顔は小さく丸みを帯びた表情は、物腰から考えられる年齢よりも幼く感じさせた。彼女の手を取り、立ち上がりながら、
「お姉さんこそ、怪我してない?」
「うん、私は平気」
「じゃあ、僕急いでるから」
特に彼女に怪我がないことを見やって、先を急ごうとして呼び止められた。
「あ、待って!」
「・・・なあに?」
驚いて振り返ると、彼女はにこっと微笑んだ。
「この辺で、私の連れを見なかったかなと思って・・男の人なんだけど」
「男の人?」
「そう、私の主人なんだけどね。はぐれちゃったんだ」
「見てないと思うけど・・・・どんな人なの?」
持ち前の性分からか、つい聞いてしまって、内心後悔する。
自分は、蘭を探しに来たのに。
そんな事とは露知らず、その女性はコナンに探し人の特徴を告げた。
「面長で、髪を頭の後ろで束ねていて、服装は白いシャツにジーンズなんだけど・・」
「・・・どこではぐれたの?」
「待ち合わせしてたんだけどなかなか来なくて、探し回ってたから行き違っちゃたのかなぁ」
「・・・・・・・」
(そりゃ、行き違うに決まってるだろ)
コナンは密かに呆れた。
待ち合わせした者同士動き回ってたら、いつまでたっても会えやしないって・・・。
とんでもない人物に出会ってしまったと内心引き攣る。
「交番に行こうかと思ったんだけど、おまわりさんもなかなか見つからなくて・・・」
「・・・・・・・・・・」
自分でも分かっているのか、バツが悪そうに話す彼女。
見た目快活そうな雰囲気とは裏腹に、案外おっちょこちょいらしい。
「ずっと1人で探してたの?お姉さん達が泊まってる所には連絡してみた?」
随分手間取っているらしい様子から、携帯は持ってないのだろうとコナンは察した。
「うーん、ホテルの電話番号忘れてきちゃって・・・」
案の定な答えに、小さく溜息が漏れる。
「・・・・・・」
よりによってどうして、今俺なんだろ?
否、ある意味人選は間違ってないのだが。
見た目的に声をかける相手を間違ってないかと思いつつ、事情を聞いてしまったからにはこのまま放っていくのは気が引けた。

(・・しゃーねーなぁ・・)

腹を括ったコナンは口元を緩めた。


「お姉さん、お名前は?」
「へ?」
「・・・ボクも人を探してるんだ。一緒に探してあげるよ」
「ホント?ありがとう、助かるよ・・・・私の名前は花煉。・・えっと、君は?」
「僕は江戸川コナン。探偵さ」




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