HERO

≪1≫





その日、
空は高く、真っ青だった。

夏休みを利用して、園子が企画した北海道旅行。
同行者は蘭とコナンと少年探偵団に、保護者として博士の8人。
去年大惨事に見舞われた函館空港はその傷跡も跡形もなくなり、改築された真新しい建物に姿を変えていた。
「すごい、綺麗になってるね」
「去年までのよりも、設備もずっとすごいみたいですよ」
「函館のうまいもんも売ってんのか?」
搭乗口を飛び出すように先頭を切って歩く少年探偵団の面々。そのすぐ後ろにコナンと哀、博士、蘭と園子の順で歩いていく。
空港から外へ続く通路を抜けて、外に出ると各方面へ向かう観光バスが数台止まっていた。
駅前行きと書かれたバス目掛けて、探偵団の3人が駆け出す。
「おい、おめーら函館来たの2度目だろ。そんなにはしゃいでんじゃーねよ」
我先にバスに乗り込もうとする元太達を見かねて、コナンが声を掛けた。
毎度毎度どこか出かける度にエンジン全開で飛び回る元太達に、呆れ顔だ。
「だってあの時は観光どころじゃなかったじゃないですか。」
「そうそう、ついた途端疲れて歩美寝ちゃったし」
「俺だって函館のうな重くいそびれちまったしよー」
だが、完全に浮かれている彼らにコナンの忠告など通じない。
「ったく・・」
所詮、見た目が子供でも、実年齢は10も上のコナンと、本当の7歳が同じように出来るわけがないのである。

「ねぇ、歩美ここ行きたいな!」
「ああ、函館山ですね。すごく夜景が綺麗らしいですよ」
「俺、このウニ丼食いたいぞ」
バスに残りこむなり、ガイドブックを取り出した小学生3人は口々に行きたい所を見つけては騒いでた。
同乗した客達は時節柄大勢いたのだが、幸運にも子供達の無邪気な騒ぎ声に誰も咎めるものはいなかったが。
「おいおい、バスん中くらい静かにしろよな・・・」
コナンが独り言のように呟くと、
「オチビちゃんが、冷めすぎなのよ。せっかく来たんだからめいっぱい楽しまなきゃ」
後ろの席に座っていた園子が口を挟んだ。
ゆっくり振り返ったコナンは無言で溜息を吐く。
肩を出した黄色のトップスに、濃紺のデニムのミニスカート。
真夏と言えど、いつもながら露出度の高いファッション。こちらも毎度ながら懲りてないらしい。
さめざめと園子を一瞥してしまった。
「・・・園子ねーちゃんはあんまり楽しんでばかりいると京極さんに愛想付かされるんじゃない?」
「何言ってのよ、このガキんちょは!」
「いてっ」
「園子!」
背後の席から拳骨を食らってしまったコナンに通路を挟んで隣に座った歩美が声をかけるのと、見かねた蘭が園子を止めるのが同時だった。
「大丈夫?コナン君」
「へ、平気だよ。」

(ったく、園子のヤツ思い切り殴りやがって・・・)
どうやら虫の居所が悪かったらしい。
加減のない一撃に、両手で頭を抱えながら、コナンは1人先が思いやられた。



バスを降り、ホテルにチェックインを済ませると、早々一向は町へと繰り出した。
「まずは、腹ごしらえだよな!」
「これこれ、まだお昼までには十分時間があるぞ」
食べ物に目のない元太が、朝市の方へ向おうとしたのを見て博士が苦笑する。
「元太君、さっき朝ごはん食べたじゃない?」
「だってよー腹減ってんだもん」
「まぁお昼まで我慢してください・・・ところで、歩美ちゃんはどこへ行きたいですか?」
「ここって、教会とか沢山あるんだよね。そこに行って見たいな」
「じゃあ、まずはバスに乗るとするかの。蘭君達もそれでいいかね?」
「ええ、もちろん」

向かった先は、市内から暫くバスで走ったところにある教会だった。
市内にも沢山の教会があるが、人里離れた小高い丘の上にひっそりと佇むその建物は、荘厳な感じが漂っている。
「ここは、修道院なんですって」
「じゃあ、中にシスター達がいるって事?」
建物の入口の塀に掲げられた石版の説明を見上げながら呟いた哀に、歩美が尋ねた。
「そうみたいね」
「へぇ〜修道院の中ってどんな感じなんだろう?」
修道院など行ったことがない歩美は興味津々らしい。
「残念だけど中には入れないみたいよ。外観と売店のみ立ち入りが許されているらしいわ」
「そうなの・・せっかく来たのにな」
ちょっぴり残念そうな顔をするした歩美に、哀がふっと笑う。
「でも結構趣きが感じられて、いいんじゃない?」
哀が言うと、歩美の顔に明るさが戻った。

夏休みなだけあって、そこは、他の旅行者も大勢来ていた。
中こそ自由に立ち入れないが、その外観だけでも周りの景色と調和して重みが感じられ、歴史を思わせる。
空に浮かんだ雲が風で少しずつ形を変え、太陽の光をまだらに照らした。
風に揺れて澄んだ空気が頬をそよぐのが気持ちいい。
蘭がふらりと辺りを散策していると、
「教会の入口で記念撮影しよう!」
歩美の声がした。
振り返れば、歩美が持ってきたデジカメを鞄から取り出し、博士に渡しているのが見えた。
「コナン君、ここね」
「う、うん」
「ずるいぞ、コナン!」
「そうですよ、僕達だって歩美ちゃんの隣に行きたいです!ねぇ灰原さん?」
「え?ええ」
「おい・・・」
「やだー、コナン君行っちゃダメ!」

「あらあら、またやってるよあの子達」
園子が呆れた口調で子供達の騒ぎを見ていた。
歩美は、少年探偵団の中で人気があり、写真を撮る時は光彦や元太の歩美の隣に写る権利の争奪戦争いが決まって始まる。
何度か子供達と出かける事のあった園子達にとっては既に見慣れた光景だった。
「まったく、最近の子はませてるんだから・・」
その言葉に、蘭も苦笑する。

結局順番ということで決着が着いたのも束の間。

「ねぇ、蘭。見てみなよ」
なんとか写真を取り終え、今度は売店に入ってみようと背を向けた蘭を園子に呼び止められた。
ニッと笑った園子の視線の先に、歩美とコナンの姿があった。
「コナン君、ダメ?」
「・・かまわねーけど」
ポケットに突っ込んだままの腕を歩美に引かれて、教会の聖堂の入口の前へと連れて行かれた。
コナンの腕に自分の手を組ませながら、歩美がカメラを持っている博士を急かす。
その一部始終を見ながら、園子が感心したように言った。
「歩美ちゃんってコナン君が好きなんだねぇ。」
「そうだね・・」
軽く相槌を打ちながら蘭はその光景をぼんやりと眺めた。

(コナン君、歩美ちゃんの事、まんざらじゃないのかな・・・)
漠然と、嫌いじゃなそうだから好きなのかな、なんて思ってみたりして。
(男の子だし、歩美ちゃんかわいいものね・・)
そう思うと、何故かなんとなく寂しく感じた。




「どうかしたの?蘭ねーちゃん?」
「え?」
1人思いを巡らしていた蘭の横には、いつの間にかコナン達がいた。
園子も、急に考え込んでしまった蘭に驚いた様子でこちらを見ている。
蘭は慌てて、取り繕うように笑った。
「な、なんでもないよ。ちょっと考え事しちゃっただけ。」
「ふうん」
「コナン君、何?」
「ああ、これからどこに行こうか聞こうと思って」
「あ…そうね…ここからならまず五稜郭とかどう?確か近かったよね?」
「そうだね、ここからバスで1本で行けるみたいだよ」
観光地図を確認しながら、コナンが答えた。
「じゃあさ、あそこの公園で散歩したら近くのお店でお昼にしよ!」
「オレ、ステーキがいいぞ!」
園子のお昼という言葉に、元太が声を弾ませた。
「じゃあ、博士達を呼んでくるね」
「あ、私も行く!」
小走りに駆けていくコナンの後ろを歩美が追いかけていく。

(・・あんな時代、あったなぁ。)

2人の後姿を見ながら、蘭は幼い頃を思い出した。
ただ、何も考えずに好きな気持ちを抱えていた頃。

好きな気持ちに正直な歩美がほほえましく見えて、蘭は自然と顔に笑みが浮かんだ。
同時に、少しだけ羨ましくなって、胸が痛くなった。







***

夕陽が西の空を薄赤に染め始める頃になると、函館の気温は大分下がり始める。
元々東京に比べて平均して10度前後の気温差があるため、昼間は太陽の注ぐ光の熱で大して感じなかった気温の違いも、夕暮れと共に身に染みてくる。

昼間の気温差とのギャップに驚いていると、寒いのか歩美が首を窄めて両手で両腕を抱えていた。
それに気付いた蘭が、鞄の中からカーディガンを取り出そうとした時。
「これ、着てろよ」
コナンが着ていたパーカーを脱いで歩美に差し出した。
「いいの?ありがとう。」
それを、光彦と元太が出遅れたと言わんばかりの顔で眺めている。
そんな事はお構いなしに、嬉しそうに顔を綻ばせて上着を受け取り羽織る歩美。

(好きな男の子から優しくされたら嬉しいに決まってるものね)
みんなのやりとりを見ながら、蘭には素直に感情を表に出す歩美が微笑ましく思えた。
同時に、羨ましくもあって。

なんとなく歩美達の方に視線が釘付けになっていたら、イミング悪くコナンと目があった。
そのぶつかった視線を上手く外せず、不思議そうにコナンが首を傾げた。
「?」
(あ、やば・・・)
慌てて蘭は取り繕うように笑って見せて、その場から逃げるように隣の園子に話しかける。
「やっぱり夕方になると寒いね。どっか建物の中に入ろうか?」
「いいね、お土産とか見たいな」
夕飯にはまだ少し早い時間だ。
蘭もショッピングを楽しみたい。
「僕たちもう疲れちゃいました・・・」
「歩美も・・ちょっと座りたい」
一日中はしゃぎ回って疲れたらしく、その場に立ち止まってしまった子供達に、蘭と園子は顔を見合わせ、
「もし疲れてたら、どこかで休んでもらっててもいいかな?」
2人がそういうと、子供達の顔がぱっと明るくなった。
「そうか、じゃあ俺腹減ったし、なんか食いたいぞ」
「じゃあ、先に夕飯を食べに行くとするかの」
相変わらずな元太の食欲に苦笑しつつも、他の子供達もそろそろ空腹を感じたらしく、博士の提案に反対するものはいなかった。
「じゃあ、私達もどっかで食事は済ませるわね!」
「博士、よろしくね」
「おお、気をつけてな」





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