優しいあの場所まで |
≪1≫ |
「快斗ってモテるの・・・・?」 意外そうに聞き返した青子に、他の生徒達は顔を見合わせた。 そして数人が同時に肩を落とすのを、青子は不思議そうな目で見ていた。 事の始まりは、放課後青子が試験の為に借りた本を返しに来たことに始まる。 試験明けの図書室は、人もまばらで、借りていた本を返した青子は帰り際に数人の女子生徒達に呼び止められた。 放課後の図書室。等間隔に並んだ本棚の間の通路を抜けたつきあたりが窓際になっており、窓から見える夕陽を挟んで、青子と少し間隔をあけて同学年らしい女の子達が向き合っていた。 声をかけられ、青子は首を傾げた。 彼女達に見覚えはなく、青子とはクラスも違うし、友人でもない。ただ制服の胸元につけたリボンの色で同学年だということは分かった。 呼び止めた本人達もどこか躊躇いがちに押し黙っていたが、ややあって覚悟を決めたようにそのうちの1人が話を切り出した。 「―中森さんって、黒羽君のことどう思ってるの?」 「え?」 「だから、黒羽君が好きなの?」 「青子が?快斗を?!」 端から見れば切迫した空気の中、突然の質問に青子の声のトーンが自然と上がる。 でもそれはどこか楽しげだ。。 青子の反応は、単純に驚いたのと恋愛話に付き物の楽しさ故だったのだが、聞いてる側への刺激は十分だったらしく、話を切り出した本人とは別の女子生徒が口を挟んだ。 「幼馴染だからって、好きでもないならあんなにべったりしない方がいいんじゃない?誤解されるわよ?」 「・・・・・誤解って何?」 「黒羽君、人気あるんだから」 「快斗ってモテるの・・・・・?」 「は・・・?」 青子の第一声は、彼女達を脱力させた。 一瞬の沈黙。 ・・・・それまでの勢いはどこへやら、彼女達はがっくりと肩を落とし項垂れた。 「コレだから幼馴染って・・・・・」 どこからともなく漏れる溜息に、責められていると言うより呆れられたというほうが正しく、青子は何かまずい事を言ってしまったような気分にさせられた。 恨めしそうな視線を感じて、訳も分からず曖昧な笑みで取り繕ってみるものの、余計に彼女達の顔を歪ませるものでしかなく。 どうにもこうにも、そのうちに申し訳ない気持ちになってくる。 (でも・・・・・) 仕方がない。 そんな目で快斗を見たことが今までなかったのだから。 黒羽快斗。青子の幼馴染。物心ついた頃からの付き合いだ。 ・・そう言われれば、確かに人気者ではある。小学生の頃からお祭事には率先して参加するタイプで、足も速いし、マジックも上手い。女の子に限らず、快斗の周りには友達が集まって来る。なにより一緒にいると楽しくなるのだ。尚かつ、ルックスも多分いい方だと・・思う。 一方で、青子とは付き合いが長いせいか、口喧嘩など日常茶飯事だった。けれどいざという時に頼りになって、青子が困った時は文句を言いながらも最後には決まって手を差し伸べてくれる。根は優しいのだ。それでも時々ドジを踏む、おっちょこちょいな面もあるけれど・・・。 (そっかー、快斗モテるんだ〜) まるで自分が褒められたかのように、青子は嬉しくなっていた。 そういえば、この前のバレンタインだって両手に抱えきれないほどのチョコを貰ってきていた(今も尚本人がバレンタインの意味を知っているかどうかは別として)。その後も同級生の紅子も好きだと打ち明けられた事を思い出して・・・・・冷静に考えてみれば・・・・・・モテるのかもしれない。 普段快斗と一緒にいても、あまり目にする事のなかった女子達の快斗への人気ぶりに、青子は1人楽しくなる。 まるで、弟が初めて女の子に告白されたのを知って面白がる姉のような気分だった。 (後でからかっちゃおうかなー。青子ばっかりいつも意地悪されてるし) ちょっとした悪戯を思いついた青子の頭に、照れてふてくされた快斗の顔が浮かぶようで心が躍った。 それを見ていた生徒の1人が、青子に声をかけた。 「ところで、中森さん」 「ん?なに?」 声をかけられ、慌てて表情を元に戻す。 話の途中だったことをつい忘れてた。 「もう一度聞くけど・・・・・・・・・黒羽君に気があるの?ないの?」 「え?!」 それまで大きく輝いていた青子の瞳が疑問符を映し出す。 調子はずれな声とともに、まじまじと目の前の女の子を見つめたかと思うと、ぱちぱちと瞬きし、やがて苦手な物理の問題でも考えるかのような顔つきになった。 「う〜ん・・」 返答に困っているというより。 「ないって思っていいの?」 「・・・・・・・」 「私は好きなの」 青子の返事を待たずに、彼女は自分の想いを告げた。 ふいに青子の瞳が僅かに見開かれる。 「・・・・だからどうってわけじゃないけど、中森さんの気持ち知りたかったから」 (青子の・・気持ち?) 青子には返す言葉がなかった。 ただ、快斗を好きだと言う彼女の表情は真剣で切実さだけは伝わってくる。 本来なら多少不躾に思わなくもないのだが、それをそうと思わないのは青子の素直な性格故か、または彼女の態度が少なからず影響していたのかもしれない。 青子は、投げかけられた質問を心の中で反芻した。 もちろん青子にとって快斗は大切な存在に変わりない。確かに仲もいい。実際昔から友人達には恋人だのダンナだのからかわれてもきたし、今もそうだけれど、だからといって自分の快斗に対する気持ちが、目の前の彼女のような感情かどうかは正直分からなかった。 そもそもそんなふうに考えも及ばなかったというのが本音だ。 急に聞かれても、本人すら掴みきれていない感情は言葉にするのは難しくて。 (青子は・・) 一瞬快斗の顔が頭に浮かんだ。 その姿に、精一杯自分なりに答えを探した。 「快斗は・・・・・ 青子の大切な幼馴染だよ。」 |
|