HERO

≪4≫





雅人達の姿が見えなくなっても、2人はその場から動けずにいた。
コナンはベンチに座ったままで、見るともなしに辺りを見つめている。
その隣で蘭はかけるべき言葉を探していた。
さっき、コナンが現れて。
内心、迎えに来てくれた事を嬉しいと思っていたはずなのに、
いざ2人きりになると息苦しさの割合の方が大きくなっていく。

何か言わなきゃ・・・変に思われる。
何より、勘がいいこの子に。

思い切って、口を開いた。
「・・迎えに来てくれたの?」
「うん、園子ねーちゃんが外で涼んでるって言ったんだけど、どこにもいなかったから。」
「出かけたんじゃなったの・・?」
「僕だけ戻ってきたんだ」
予想外の返事に、思わず蘭ははっとしてコナンを振り返るとちょっと怒ったような顔をしていた。
「急にいなくなったから、心配になったんだよ?」
そう告げるコナンは、いつも通りのコナンなのに。
聞かなくても解るのに・・なんとなく確かめたくなる。
「・・・・・心配、してくれたの?」
「?うん」
当たり前でしょ?と言わんばかりの不思議そうな顔をされた。
小さな事にいちいち不安になっている自分に頭では呆れるものの、どうにも感情がついていかない。
それなのに、不安な思いを見抜かれたくなくて、蘭はベンチから立ち上がると、先に歩き出した。
「ありがと・・帰らなきゃね」
「う、うん」
その後を慌ててコナンが追った。


帰り道。ホテルまではそう遠くない道をゆっくりとした歩幅で歩く。
先ほどまでは人通りがそれなりにあった道も、今は行き交う人は犬の散歩をしている人くらいだった。
蘭はあれきり黙ったまま、コナンの顔すらまともに見ようとはしなかった。否、見られなかった。
コナンも、なんらかの空気を感じているのだろう、ずっと無言で後を付いて来るだけ。

このままホテルに戻ったら、出で来る前と何も変わらない・・・。
それは嫌だと思いながら、何をすべきか分からずに、蘭は必死に考えていた。

けれどどうすればいいのか分からないまま、次の角を曲がれば皆の待つホテルに着くのだと思った時。

無言の静寂を破ったのは、コナンで。
ふいに立ち止まった気配を感じて、蘭も歩みを止める。



「ねぇ・・ちょっと寄り道していかない?」














***

「え、ここ?」
「うん」

コナンに連れられ、ホテルとは逆の方向へ向かう。
まだ一度も上っていなかった急な坂道を登りきったところにあったのは、山頂へ向かうロープーウェイ乗り場。

だが、もう入場口には係員の姿しかなく、閉館時間が迫っているのが容易に想像できた。
「もう閉まっちゃうんじゃない?」
「大丈夫だよ」
コナンの言う通り、窓口の係員はすんなり入場券を渡してくれた。

普段は大勢乗るはずなのだろう、2人には広すぎるロープーウェイがゆっくりと高度を上げていく。
ガラス張りの機内は照明は消されたまま、月明かりだけが辺りを青白く浮かび立たせている。
ふいに窓の外を眺めてた蘭に、コナンが一言告げた。
「上、見てたほうがいいよ」
「え、なんで?」
「なんでも」

楽しげに言うコナン。蘭は素直に言うとおりに山頂側へと体の向きを変えた。
それから数分もしないうちに、ロープーウェイが停車場に到着した。

「急ごう、蘭ねーちゃん」
扉が開くと同時に、コナンは蘭の手を取り駆け出す。

閉館時間は迫っていたものの、未だ帰らずに館内に留まっている人々が結構いるのに驚きながら、
蘭達は展望台へと続く階段を駆け上がる。

最上階。
外へと繋がる扉は開け放たれたまま、飛び出すように外へ出た。

「あ・・・・・」

表へ出た途端、突風にあおられそういなる。
風に舞う自分の髪を片手で抑えながら、蘭はゆっくりと展望台の最端まで歩いていった。

フェンスに寄りかかり、地上を見渡すと、辺り一面光の海。
地上の家々と建物から放たれている明かりが暗闇に幾つもの光となって淡く輝きを放っていた。
風に揺らされ、帯のようにたなびく光景は、普段見慣れたネオンが作り出す景色よりも、どこか儚く、優しい。

「・・・・・・・綺麗・・・」

目の前の光景に、蘭の口から自然と歓声が漏れた。
さっきまでずっと蘭の心に渦巻いていた息苦しさなど忘れて、コナンに話しかける。
「コナン君、見て見て!」
「すごい綺麗だね」
「うん・・・素敵・・・」

ここに上る途中、コナンが下を見ない方がいいと言った理由が分かった。
きっと、先に見てしまったら勿体無い。
蘭と向かい合ってたコナンは気付いたのだろう。

そんな事を思いながら、蘭は暫く景色に見惚れていると、
隣で蘭を見ていたコナンがぽつりと呟いた。

「良かった、喜んでくれて」
「え・・・」

声に吊られて振り向くと、景色を見つめたままのコナンの横顔が見えた。
前を見たまま、コナンは言葉を続ける。
「今日一日元気なかったじゃない?」
何気なく言われた言葉に、蘭は目を瞠った。
「・・・・・・・」
(気付いていたの?)
蘭の視線を感じたのか、ゆっくり振り返って照れたように笑った。
その笑みが滲んで見えて、蘭は自分が泣いている事に気付いた。
「蘭ねーちゃん?」
急に泣き出した蘭に驚いたコナンの声に、蘭は両手で目頭を擦った。
けれど、堰を切ったように零れ落ちる涙は止まることなく。
蘭は溜まらずコナンを抱きしめた。
「えっ?ちょっ・・・!」
焦って暴れるコナンの事も、人目も気にせずに。
膝を突いて、小さな肩に顔を埋める。

気にしてくれていたなんてこれっぽちも思ってなかった。
思う余裕すらなかった。

こみ上げてくる感情に、言葉が出てこない。
代わりに抱きしめる腕にぎゅっと力を込める。
やがて、観念したのか腕の中に大人しく収まっているコナンをいいことに、蘭はなかなかその腕を離せずにいた。









***

山頂から地上へ戻り、帰り道を歩く道すがら、蘭はコナンに謝り通しだった。

「コナン君、さっきはごめんね」
人がまばらだったとはいえ、係員や数人のカップルにばっちり目撃されていた。
閉館のアナウンスと共に、ようやく蘭から開放されたコナンは蘭同様、注目を浴びてしまったのである。
「別に、気にしてないから」
多少の恥ずかしさがあるのだろう、そっぽを向いたまま、夜目でも分かるくらい赤い頬をしている。
それを可愛いと思える余裕が出てきた事に、蘭は内心ほっとしていたのだが。

「・・・それよりも、聞いてもいいかな?」
「何を?」
「なんで、泣いたの?」

コナンの言葉に、蘭の歩みが止まった。
同時にコナンも立ち止まる。
街灯の明かりが、ぼんやりとオレンジ色に2人を染めていた。
蘭は返事ができなかった。
けれどコナンもそれ以上何も言わなかった。

「・・・・・・・」

どれくらい時間が流れたのか。きっと大して経ってはいないのに、とても長く感じられた。
やがて、どこからともなく教会の鐘が鳴り始めたのを合図のように、はっとした蘭がとぼとぼと歩き始める。
行く手には、淡い光に照らされた教会の門が見える。
観光客向けなのか、時間限定でライトアップが施されているらしく、門は開け放たれたままだった。
蘭は少し後ろについてくるコナンの気配を確かめながら、無言でその門を潜った。

建物の入口の階段に腰を下ろすと、遅れて来たコナンも同じように座った。
ふいに見上げた空には、無数の星が瞬いている。


「・・・・星、綺麗だね」
「ん・・・・・」

他愛のない話に、隣で小さな相槌が聞こえる。
ぼんやりと辺りを見ながら、蘭は何を、どうしようか考えていた。

『君が悩んでいるのを見ている彼も辛いかもしれない』

雅人の言葉が蘭の頭を過ぎる。

『君が思うより、彼はずっと君を見てるかもしれないよ?』

別れ際に、こっそり言われた言葉と、
隣にいるコナンに、胸が締め付けられる。

ずっと探し回ってくれていた。
ずっと気にしてくれた。
そして今も。

言ってもいいのかもしれないと思う。
むしろ、ここにいるコナンになら言うべきなのかもしれない。

少しずつ、もつれた感情の糸を解くように。

暫くの沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。

「あのね・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・ごめんね?」
「別に、もう謝らなくていいよ」
「違うの、そうじゃなくて」
「え?」
「・・・今日ずっと・・・ごめんね」
言葉の意味に気付いたのだろう、コナンの表情が変わる。
それでも、蘭は思い切って次の言葉を告げた。
「・・・・・・」
「さっきの・・・疲れてたなんて嘘なの。本当はどうしてもコナン君と顔を合わたくなくなかったから・・」
ほんの少しの間の後、コナンはぽつりと呟いた。
「・・・・なんで?」
問いかけてくる声に、蘭は今更ながらに自分の行動を後悔した。
怒るわけでもなく、ただ理由が分からないといった表情が痛い。
自分を避けていたとは、きっと、思ってもいなかったに違いない。

「ごめん・・・でも、コナン君が優しいのって皆一緒なんだって思ったら・・・・」
告げた途端、コナンの目がみるみるうちに目が大きく見開かれた。
その態度が急激に蘭を不安にしていく。
「・・え・・・?」
「やっぱナシ!ごめんね、忘れて!」
今更だけど反応が見ていられなくなる。思わずぎゅっと目を閉じた蘭に、コナンが追い討ちをかけた。

「・・・それって・・妬いてくれたって事・・?」
「・・・・・・・・・」

戸惑いがちな声に、思わず顔を上げる。
信じられないといった表情に、不安が見えた。
いつの間にか添えられた手の温かさに勇気付けられて、蘭は無言で頷いた。
















***

翌日。
港が一望できる坂を上りながら、一向は昨夜の話で持ちきりだった。
「でもよー、よくコナン蘭ねーちゃんがいなくなったって気付いたよな?」
「本当ですよ、散歩の途中で帰ってったりして」
「それはやっぱり、コナン君の頭の中がいつも蘭お姉さんでいっぱいだからだよ!」

(・・・おいおい、オメーらそのへんにしとけよ!)

先を歩く歩美達の会話を耳が痛い気持ちで聞きながら、コナンは心の中でぼやいていた。
すぐ傍にいる蘭の耳にも当然皆の会話は筒抜けで。
恥ずかしさに不機嫌な表情のコナンとは反対に、その隣にはどこか嬉しそうな蘭がいた。

「ちょっと、あんた達!」
そんな2人の間に、園子が割って入ってきた。
「それにしても、昨日はどこへ行ってたのよー?!」
「ごめんね・・・ちゃんと言ってたんだけど」
「えぇ?覚えてないよ?」
「ホントよ・・・多分園子酔ってたから覚えてないんじゃない?」
「なぁんだ、園子ねーちゃん酔っ払ってたんだ・・・」
「よ、酔ってなんかないって!」

昨夜、コナンと2人ホテルに戻ってみると、散歩に出かけたはずの博士達もすでに帰ってきていて。
戻ってくるなり、「蘭がいない!」と血相を変えて飛び出してきた園子に驚いて、皆あちこち探し回っていてくれたらしい。
それを聞いて、夜景を見に行ったことは2人だけの秘密になってしまったのだが。
けれど、哀と歩美だけは「大丈夫だろう」と言っていたらしく。

「・・・きっと江戸川君が一緒だと思ったから」
「コナン君が一緒だったら、蘭おねーさん大丈夫だと思ったの」

小学一年生に妙に自信たっぷりに言われてしまって、蘭は多少返事に困ってしまった。
(私とコナン君って、一体どんな風に思われてるんだろう?)
蘭は今まで考えていなかった事が、少しだけ気になった。





「でも、やっぱりコナン君は蘭お姉さんが好きなんだね」
「え・・・」
いつの間にか蘭の隣を歩いていた歩美が、蘭にしか聞こえないような小さな声で呟いた。
「どうしてそう思うの?」
前にも歩美にはそう指摘された事があった。
コナン君が私を好きだなんて、どうしてそう思うのか蘭には分からなかった。
ただあの時歩美は「勘だ」としか言わず、その理由は蘭には分からずじまいだった。

「だって、蘭お姉さんを見るコナン君の顔、歩美達と一緒にいる時のコナン君じゃないんだもん」
「同じじゃない・・?」
「あれは、蘭お姉さんに恋をしてる目なのよ」
「そんな・・・」
「ううん、絶対・・・・・・私には分かるもん!」
私もコナン君が好きだから。
その言葉は、態度で伝わってきた。

大好きな人の前で見せる表情は、大好きな人だけのもの。

「昨夜帰ってきた時だって、コナン君の顔違ってたもん。・・・すごい優しい顔してたから」

そう言われて、さっきの事を思い出す。

『ありがとう・・・・嬉しかった』

あの時見せたコナンの笑みに、思わず頬が熱くなる。


(あんな顔、今まで見た事なかったな)

それが自分だけのものだとしたら・・・考えると、ちょっと嬉しい。


「?蘭、顔赤いよ?」
「え?」
園子に指摘され、沸騰したように顔が熱くなるのが分かった。
「なっ・・そんなことないわよ・・・!!」
「なによーまたなんか・・・・」
「なんでもないったら!」
「もしかして、蘭お姉さん照れてるの?」
歩美にまで言われて、慌ててしまう。
(もう、皆して!)

からかわれている蘭の騒ぎに気付いて、振り返ったコナンと目が合った。

(あぁ、こんな時に・・・)

慌てふためく蘭を余所に、きょとんとした顔が、ふっと軽く笑う。

その笑みは、やっぱり優しかった。













FIN.








サイト初長編です・・・・・毎度のことながら頭の中真っ白状態で書き上げました。
多分、色々細かな設定に突っ込みが入りそう(汗)
ところで、このお話は元々友人の誕生日祝いに用意したものなので、特別な設定になっています。
雅人と花煉の2人が、友人のお気に入りジャンル「俺の屍を越えてゆけ」からの飛び入り参加です。
一応、パラレルにならないようにで書いたのですが、いかがだったでしょうか・・(不安)?

そして話のメインのコ蘭について。
蘭に関しては、「コナンの正体を疑っている」と言うより、「無意識に同一人物だと納得している」蘭が好みだったりします。
分かりやすく言うと、ベーカー街の亡霊での「信じてるから、コナン君」とか。
新一の好きなホームズの台詞をコナンに確かめようとしてしまったりするところとか。そして、そんな蘭に対して迷うことなく応えるコナン君が好きだったり。

・・・そういう視点から書き始めてしまったお話なので、妙に浮いていると言えば浮いてるかもしれません(汗)否、浮かないように書けないのは、表現力の問題ですが・・・今後の課題として精進したいと思います(><)。とにもかくにも、最後まで読んでいただきありがとうございました!


親友の誕生日に捧ぐ。

2005/08/04脱稿
2005/08/17加筆修正





BACK HOME