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  Place
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隠し通せる訳がなくても。
いつか、君が知る日が来るとしても。

今はまだ言えない。
君の優しさに甘えたくなるから。

でも、本当はずっと君がいるこの場所にいたいんだ。














高く降り注ぐ太陽の陽射しがいつもよりも眩しい夏の日。
学校帰りに寄った敷地の広い公園で、快斗と青子が陽射しを避けた大きな木の下にいた。

今日は土曜日で、授業は午前中で終わりだった。
快斗と青子は2人並んで木の根元に座り、今朝青子が作ってきたお弁当を食べていた。

まだ梅雨明けもしていないというのに、茹だるような暑さすら気にもせずに、
いつものように快斗が青子をからかっては青子が怒って快斗が宥めて・・他愛の無い話を繰り返して。
平穏な、穏かな風が気持ちよくて。

いつのまにか、お互いに口数が少なくなっても気にする事無く、身動き1つせずに2人はその場にいた。
まるで言葉がなくても、いるだけで落ち着いてしまうような、そんな空気を漂わせながら。
(これだから、夫婦とかからかわれるんだよな)
快斗は欠伸をしながら、ふと教室でいつも青子と一緒にいるところをからかってくるクラスメイトの事を思い出した。
でも、気持ちがいいのは否めない。
とても、優しくて・・安心する、場所だから。
ちらりと、青子の横顔を見ると、あたりを見渡している穏かな表情がそこにはあった。ぎこちなさや窮屈さのない、その表情に、青子も同じ気持ちでいてくれるのが分かって、快斗は、なんだか照れ臭いようなくすぐったい気持ちがした。





ふと青子が気付くと、隣で快斗が寝息を立てていた。

無理もない・・と、青子は小さく溜め息を漏らすと、空を見上げた。
ここ最近5日連続で、キッドからの予告状が警察に届いていた。もちろん、キッド専属の青子の父親はそのお陰で、最近ずっと警察に入り浸っていた。おとといになってやっと青子が待つ自宅に帰ってきたのだが。
それと同時にキッドである快斗も疲れているはずなのだから。
なのに、その間も昼間は学校に来て、青子をからかい、白馬と紅子を上手くあしらって、いつものように平然と日常をこなしていたのを思い出す。白馬からあからさまに疑われている快斗は、逃げたり隠れたりすると余計に怪しまれるからと予告日の前後は必ずと言っていいほど学校に来ていた。現場が余程の遠方にならない限り、ギリギリまで普段通りを装って。

・・・今回のキッドの現場はすべて都内だったけれど。

「それで、5日連続だもん・・・やっぱり疲れるよね・・」

熟睡してしまっている快斗を見ていた青子は、快斗が凭れ掛かりやすいように体を動かすと、今まで肩と肩が触れ合っていただけだった快斗の体勢が崩れ、コツンと青子の肩に快斗の顔が来た。
首元に、快斗のくせっ毛が当って、少しくすぐったく感じたが、むやみに動かして起こしてしまうのも可愛そうな気がして、青子はそのまま放っておくことにした。

照れながらも、チラリと快斗の方を見ると、黒いTシャツが制服のワイシャツの胸元から覗いて見えた。
黒のTシャツなんて、あまり学校に来てこないのに・・と青子は珍しく思って、まじまじとそれを眺めてしまった。
そこで、さっきまで気付かなかったが、頭を青子の方にむけているために、快斗の胸元を覆っている白い包帯がわずかに見えるのに気がついた。

(・・え・・?)

昨日まではなかった・・・と思う。
・・・という事は、昨日青子と別れた、学校から帰った後についた、傷といういう事になる。
―――もちろん、普段の生活などで負うはずがないそれに、青子は顔色を変えた。


・・・もしかしたら今朝まで、一睡もしてないのかもしれない。
今日の授業を、快斗はほとんど眠っていたのを思い出す。
普段から居眠りが常習な快斗を、教師の誰もが責めないのは、それなりにマトモな成績でこなしているからだが。
問題なのはそこじゃなくて、体調の方だ。
本当なら、週末の授業なんて出ないで家で休んでいたかったんじゃないのか・・
それでも快斗がここにいる理由は。

青子との約束を守って出て来たのだろう。


「・・バッカみたい」


青子は、快斗の秘密もう知っている。
それでも、快斗が秘密を持ちつづける理由が、キッドでいる理由を青子はまだ知らされてないけれど。
無理に聞き出せば、出来ないこともないだろうが、言いたくなさそうな快斗の表情に負けて、本人が言う気になるまで、もう少し待つと決めていた。それでも、快斗が打ち明けてくれてからは、散々言っていた事がある。
----無茶はしない事。

なのに、また無茶をしてここにいる。
青子の為に、というのが嬉しいと思う反面、無理をさせてしまう自分の存在が快斗にとって重荷になってはいないかと不安に思った。


怪盗を。どんなに止めたとしても快斗には引けない理由があるのだと―――分かっていた。
分かっているからこそ、もう少し甘えてくれてもいいと思うのに。
いつだって、バカばっかり言って、からかってばかりいる顔の下で、違うものを見てる事を知ってしまった青子にだけは、本当の気持ちを教えてくれたっていいじゃないと思うのに。
それでも今まで通りを装う快斗が寂しく、遠く感じた。
青子が辛い時、快斗は青子をからかいながらだって勇気づけてくれたのに。
快斗が弱音を吐けない理由なんて、どこにもないのに。
なんでもない振りをして1人で行こうとする快斗に、少し腹が立ちながらも・・・寂しかった。


ふと隣を見れば、今も眠っている快斗の寝顔はまだどことなく幼さを残していて。
青子は、快斗の顔に掛かっている前髪をそっと払ってやる。
くすぐったそうに身じろきをしたけれど、やはりマトモに寝てなかったのか、起きる気配はない。
そのまま規則正しい寝息を立てて眠る快斗の寝顔にすら、どうしようもなくホッとした。
快斗が、ここにいる事を実感したから。
気を許されてると思えば嬉しくなるけど、それでも快斗が置いた、決して触れられない距離がもどかしくて怖くて。
(・・・独りで何処かへ行こうとしないで?)
痛いくらいの切なさに思わず押し潰されそうになって、青子は眠っている快斗の腕を頭を引き寄せて、そっと抱き締めた。

「・・・・・こんな所でねー、寝ちゃうくらいなら最初からもう少し甘えてくれたって構わないんだかね、バ快斗」

快斗が青子との約束を守ってくれた事は嬉しいけど、青子は快斗が思ってるほど弱くもないし子供でもないよ?
快斗が見ている世界の半分だけでも、見ていたい。
じゃなきゃ、快斗との距離がどんどん離れていきそうで怖いのが本音。
知らないのが不安なんじゃなくて、快斗が遠くに行ってしまいそうで・・怖い。

こんな事言ったら、快斗はどんな顔するんだろう?
余計な事考えてんじゃねーよ、なんて返ってきそうだけど。

「・・・あんまりカッコつけてばっかりいると、青子だってどっか行っちゃうかもしれないんだから」
何処へ行くつもりもないけれど、つい口に出た言葉に有り得ないと青子は苦笑する。
でも・・・・ちゃんと捕まえていてよ・・怪盗さん?


聞えないはずの快斗の耳元で囁いて、思わず抱きついていた自分の行動に慌てて元の位置に戻ろうとしたが、叶わなかった。動かせない腕に焦った青子が視線を上げると、いつの間にか目を覚ました快斗が、真っ直ぐにこちらを見ていた。
「・・かい・・・」
青子が口を開きかけたのを遮って、無言で引き寄せられた快斗の胸元からほんの少し消毒薬の匂いがした。
眠っていると思ってした自分の行動を思い出して、青子は一瞬焦りながらも、快斗の腕の強さに逃げ出す事ができない。むしろ、ずっとこのままでいたいと素直に思ったのだ。今は。

そのまま快斗の腕の中に納まっている青子の頭上で、快斗の盛大に溜め息が聞えた。
「な、何よ?」
溜め息の意味が分からなくて、焦ったように青子は顔を上げると、快斗と丁度視線がぶつかった。
予想していたよりも、優しい瞳に無意識に鼓動が高鳴る。

クスクス、と笑う快斗に、それでも目が笑ってない気がして、不安げに青子は快斗の顔を見上げると、
少しだけ抱き締められていた腕の強さが増した。引き寄せられて、思わず顔を快斗の胸に埋めてしまった時、快斗が口を開いた。

「バーロ・・逃がす訳ねーだろ?」

世紀の大怪盗を捕らえたのは青子の方なんだから。

「・・・・・・いつか・・・」
必ず、ちゃんと。・・・だから。


―もう少しだけ、我侭を許して欲しい。
キミのいるこの場所に、絶対帰るから。















ほのぼのとかギャク(?)とかの方向で書き始めたのに、どうしてかシリアス気味です・・