<< 欠片 >>


白い羽を広げて、夜の空を駆け巡る彼のすぐ隣を、いつもよりも冷たい風が吹き抜けても、その時は全く気にしていなかった。

いつものように群れをなして追い駆けてくる警察を交わして、怪盗キッドは街の喧騒から少し外れたビルの屋上に降り立った。

毎度同じ結果の宝石を見定めて、傷をつけないように丁寧にしまうと、フェンスに凭れかって、街を見下ろす。深夜のせいか、警察の車がないどころか、通りそのものが閑散としつつあった。
今日は可能性も薄くて、追ってくる連中も、探偵もいない。
だから、そこはたった1人でいられる空間だった。

じっと街の様子を眺めていると、昨日よりも肌寒さを感じて、いつの間にか季節が秋へと変わっている事に気付く。
時は確実に流れている。
いつまでこうしているのだろうか?
快斗は考えを廻らしながらも、そうしている自分に苦笑した。

―――――何かを失くす事は必然だ。
止める術など最初からない。時は移り往くもので、人はいつかは土に還ってしまうから。今こうして一人怯えている自分でさえいつかは消えてなくなる。あの日の親父のように。
怖気づく前にするべき事がある。決して失くせないものがこの手をすり抜けていかないように。
――結局いつかそれさえも出来ずに全て無くなってしまうのだとしても、守る気すらないよりはいい。

「時間には逆らえないけど」
例え命尽きても失くしたくないと思ってしまうくらい大切なものがある。

気付けただけマシだと思えばいい。
何かに追い立てられるように目的を見失わぬ為に。
今なら、素直に好きだと言える。
君を大切に思う。

パンドラなんて本当に見つかるのかとか、本当に存在するのかとか。
時々不安になる事がある。
親父が何を望んでその石を求めたのかさえ分からない。

俺は何をしたいのか。パンドラを見つけて壊したとしても、親父は帰ってくるはずもない。
それなのに、何をしようという。復讐?―――いや、そんなんじゃない。
パンドラを見つけ出し砕く事。
それは父の死の真相を知った時に決めた事。
だけど、そうすることを彼が望んだのかすら快斗には知る術も無くて。

8年の時間を経て、快斗を怪盗キッドへと導いたものは一体なんの為なのか。
黒羽盗一最後のマジック。それは一体何を意味するのか。
初めて怪盗の衣装を身に纏った時、あの人の残したものをきちんと見極めたいと思っただけだった。
そして、できるなら、あの人の成し遂げられなかった事を代わりに成し遂げられたらと思うけど。
今はまだそれが一体何なのか分からないけれど――。

様々な不安は拭い切れない。
気を抜けばすぐに墜ちていきそうな心の闇と背中あわせでも。
笑っていてくれる人達がいて。
帰る場所があるから。
闇を照らす灯を消さぬ為に。
誰にも自分にも恥じぬように。



「―――――さて、と・・行きますか」
呟いて、快斗は軽く地面を蹴った。
翼を広げる瞬間。
落ちる刹那、宙に浮く感覚を頼りないとは思ったけれど、怖くはなかった。