雑音の少ない冬の深夜 空気は冴え渡り、窓から見える月はいつもよりもくっきりとした輪郭をなし、青白い光を放っていた。 喧騒すら静まり返った深夜。枕元の明かり一つ照らして、コナンはすっかり頭に入らない小説をぼんやりと眺めていた。 頭に入らないのもそのはず。 最初から読むつもりもなく、眠気を待つ間、片手間に読み続けていただけだった。 それも最後まで読み終えてしまったにもかかわらず、当分安眠は訪れそうにない。 時計を見れば、とうに日付は変わっていた。 (眠れねー・・・・) コナンは枕に突っ伏して深く息を吐いた。 時計の針が規則正しく時を刻む音がやけに耳に響く。 意識を集中させるものを持たない頭は余計に覚醒し始める。 カチャリ。 耳障りなその音を遮り、寝室の扉が開く。 かすかな隙間風に、上体だけを起こして見上げると、扉の向こうに蘭が立っていた。 「起きてたの?てっきり電気つけっぱなしで寝ちゃってるのかと思った」 「蘭ねーちゃん・・」 扉の隙間から漏れる明かりに気付いて、電気を消そうとしたらしい蘭はこんな時間まで起きていたコナンに驚いた様子だった。 「眠れないの?」 「ううん・・本読んでただけ。蘭ねーちゃんは?」 「・・もうすぐテストだから勉強してたんだけど…でも少し転寝してたみたい」 言葉の合間に、小さな欠伸を一つかみ殺しながら、蘭は苦笑した。 「風邪引いちゃうよ?」 「うん、気をつけなきゃね。 ・・・・そうだ、コナン君ホットミルク飲まない?」 返事を待たずに台所へと蘭が移動する。 冷蔵庫からミルクを取り出し、手早く鍋に火をかけた。 「ハチミツ、ちょっとだけ入れようね」 今度も返ってこない返事を蘭は気にしてはいない。 両手にお揃いのマグカップを両手に持って、蘭が部屋が戻ってきた。 部屋の中に、ハチミツの甘い香りが仄かに漂ってくる。 「熱いから気をつけて」 「ありがと」 差し出したコップをコナンが両手で受け取ると、蘭はコナンの隣に腰を下ろした。 主のいないベッドに背を預けて、2人肩を並べる。 カップにふうと息を吹きかけると湯気がぼんやりと揺れた。電気スタンドの明かりがカップの水面に自分の顔を映し出す。ぼんやりとその水面越しに自分を見つめていると、蘭が横目で見つめているのに気付いて、コナンは顔を上げた。 ぶつかった視線が僅かに揺れたような気がしたのは気のせいだろうか。 「なに、蘭ねーちゃん?」 「・・・・ううん、なんでもないよ」 ゆるく微笑んで、カップを口元に持っていく。 視線の意味が気になって、ただ蘭を真似るように、コナンも一口ミルクを口にする。 甘いミルクが喉を通ると、体の奥がぽかぽかとし始めた。 緊張の解ける瞬間、小さく漏れた吐息に、隣で蘭が笑みを深くする。 その眼差しが優しすぎて照れ臭い。 (なんか・・・) 見透かされている気がした。 眠れない原因。 夜更かしの理由。 (・・・まさかな) けれど、即座に打ち消した。 知るはずがない。 過剰なほどの自信を奪われそうになる瞬間、不意に不安と焦りに苛まれたとしても。 「もしかして熱でもあるんじゃない?」 思考の渦に入り込む一歩手前で引き戻され、顔を上げる。 「え?大丈夫だよ」 「そう?でもなんか具合悪そうだから」 心配そうに顔をのぞき込む蘭の思いがけない言葉に、コナンは一瞬目を見開いた。 (・・・・そんなことねーよ) 理由さえ分からないのに感情だけを言い当てられて、苦笑が漏れる。 お人好しで、他人の事を自分の事のように泣いたり笑ったり。 だからおまえにはこれ以上…―――。 「・・・・?」 ふいにやわらかな感触に背中を覆われて、思考が止まる。 手探りで感触の正体を確かめると、蘭が身につけていたストールだった。 隣でクスクスと笑う声に振り返ると、引き寄せられた。 「それじゃ薄着すぎるわよ」 きょとんとした顔のコナンに、いたずらっこのように蘭が笑っている。 今夜は今年一番の冷え込みだとTVで言っていたな・・。 にも拘らず、コナンが着ていたのはパジャマ一枚。 「…平気だよ、僕寒くないから」 平静を装いつつも、顔に熱が集中していくのを感じていた。 幼い頃、2人で一緒に毛布にくるまって眠った事もあったけれど、今は違う。 見た目が子供でも、頭の中は同級生の幼馴染。しかも他ならぬ想いを寄せた彼女。 「嘘おっしゃい。こんなに冷えてるじゃない」 肩に触れた蘭の手は暖かかった。 普段なら慌てて逃げるはずが、手放せない温もりに、自覚していた以上の弱さを思い知らされる。 同時に自嘲気味な笑みが口元に浮かんだ。 (情けねぇ・・・) 心配いらないと言ってやりたいのに、行動がついていかない自分がもどかしい。 今、彼女の目にはどんな風に映っているのだろう。 カッコ悪いのは承知の上。 優しすぎる眼差しに、声に、止め処なく溢れてくる想いを持て余して。 応える代わりに、寄りかかるように肩に凭れて前髪で顔を隠した。 「コナン君?」 驚きを気配で感じつつ、身動きしない蘭にほっとする。 「・・眠くなったら寝ちゃっていいからね?」 「・・・ありがとう」 気付けば瞼が重く感じていた。 薄れゆく意識の手前で、君を連れて夢の中へ。 |