Close to you 土曜日の昼下がり、コナンは探偵事務所のソファで買ってきたばかりの小説を広げていた。 事務所には1人。小五郎は、午後から大ファンのアイドル歌手のコンサートへ出かけて行った。 蘭が部活を終えて帰ってくるまで、たっぷり読書に浸れると思っていた。 けれど、コナンが本を読み始めて間もなく、事務所のドアが開けられる気配がした。 「ただいまー。やっぱりここにいたのね」 「あれ?蘭ねーちゃん早いんだね」 自宅ではなく、事務所に直行してきた蘭は、予想通りの人物を見つけてにっこりと微笑んだ。 聞きなれた声に、コナンは読んでいた本から顔を上げ、蘭を見上げる。 「そうなのよー。今日は部活お休みになったの。顧問の先生が急用でね」 「ふーん」 一言返すと、コナンはまた視線を本へと戻した。 が、蘭は気に留める様子はなく、コナンが座っている向かいのソファの上に持っていた鞄を置くと戸棚からカップを2つ取り出した。 「コナン君も飲むでしょ?」 「うん」 暖かいカフェオレを差し出され、コナンは読んでいた本を開いたままで膝の上に置き、カップを受け取った。 「ありがと」 冷房の効いた部屋にいたせいか、一口口をつけると、体の中がほどよく温まってきて心地良い。 コナンがほっと息を吐いた瞬間、ソファに腰掛けるとコナンとは違い、アイスカフェオレを口にしていた蘭と目が合う。 それを待っていたかのように、蘭が口を開いた。 「・・・そういえばね、」 「ん?」 「・・コナン君の好きな子って誰?」 唐突に。 屈託のない声が頭上に降ってきて、コナンは口をつけていたコーヒーを思わず吹きそうになった。 予想外の反応に首を傾げた蘭に慌てて、子供らしい態度を装う。 「ど、どうしたの急に・・・」 「ホラ、前に好きな子からメールが来てるからって、言ってたじゃない?」 (・・・あぁ、あれか) コナンの正体に疑いを持った蘭を誤魔化す為に、吐いたウソ。 コナンが思い出したような顔をしていると、いつの間にか蘭がテーブルに身を乗り出して興味津々と言った顔だ。 「ね、教えて?」 にっこりと微笑む蘭に一瞬考えて、コナンは口を噤んだ。 「・・教えられないよ」 「照れなくてもいいじゃない」 「だめ。内緒」 そもそも、あれは単なるその場しのぎの口実。 もっとも好きな女の子ならいるにはいるが、言える訳がない。 コナンは声に出さずに呟いて、乾いた笑いを浮かべた。 そんなコナンの表情を照れととったのか、諦める様子はなく。 「じゃあ、当ててあげる!」 コナンの頭痛を余所に、嬉々とした目で宣言した蘭に、コナンは何も言えない。 ・・・どーして女ってヤツは他人の恋愛ゴトにこんなにも楽しそうなんだか・・・・。 その矛先が自分に向けられると、面倒な事この上ない。 しかも、それを振ってきているのが好きな子本人だから、コナンの心境は複雑だ。 だが、蘭には届かない。 「・・やっぱり、歩美ちゃんか哀ちゃんだと思うのよねー」 (はずれ) 蘭の推理に、心の中で即答する。 読みかけの本の隙間から、ちらちらと蘭を盗み見ては下手な事を言うんじゃなかったと、心の中で後悔した。 もっとも、まさか蘭に話を蒸し返されるとは夢にも思って否あったので、ああ言ったのだけれど。 っていうか、どうだっていいだろ。 小学生のガキ相手に何探り入れてるんだよ。 自分にとってあまりおもしろくもない話題にだんだん付き合うのが辛くなってくる。 読書には向かない環境だと、パタンと本を閉じた。 「蘭ねーちゃん・・・」 「なあに?」 「・・・そんなに気になるの?」 ただ、触れられたくない話題を逸らすため。 からかってみただけだった。それ以外、別に意図はなく。 「え?」 なのに、途端に変わった蘭の表情にコナンの視線が止まる。 「どうしたの?急に黙って」 少し身を乗り出すと、その分蘭が後ろへと仰け反った。 「あ・・・なんでもないよ」 答えるまでの一瞬の間に、妙なひっかかりを覚える。 「・・ふうん?」 言葉とは裏腹に、蘭の表情が強張っていくのをコナンは見逃さなかった。 思い当たる節を考えてみると、答えは一つしか見つからない。 自惚れている自覚はあった。 都合のいい解釈かもしれないと頭の片隅で思ったけど、それは無視で。 「蘭ねーちゃんってさ。」 「な、なによ?」 怒ったような口調が可笑しくてコナンは無意識に口元を緩めた。 「え、やだ、なんで笑うの?・・・せっかく、コナン君ってそういうの不器用そうだから心配してあげたのに!」 余計なお世話だ、と頭の片隅で毒つきながらも、コナンは上機嫌だった。 「だって。」 真っ赤な顔で抗議する蘭に、さっき思いついた予想を確信してコナンは耐え切れず破顔する。 笑い出すコナンに、信じられないと目を丸くする蘭。 「もぉー可愛くないんだから!」 「可愛くなくていいよ」 「なによぉ、それ?」 「だって・・好きな子に可愛いって言われて喜ぶ男はいないんじゃない?」 「え・・・・」 苦笑まじりの台詞に、蘭の勢いが消える。 同時に、コナンの表情から笑みが消えた。 「コ、コナン君?」 唖然としている蘭と、自分との間に置かれたテーブルを軽く飛び越える。 間近で見た蘭の瞳には、少年の影を映し出して見えた。 「・・・意味、解ってる?」 「な、何?」 「・・鈍すぎ。」 教えろって言ったのは蘭ねーちゃんでしょ? 少し表情を緩めて。困ったような優しげな笑みを浮かべながら、コナンはソファに片膝を乗せた。 近づいてきたと思った瞬間、触れた感覚が次の一瞬で離れていく。 交わした後、静かに、はっきりと告げられた声に、胸の鼓動が早鐘のように蘭の中で響いた。 「好きだよ」 |
20050717 |