■逢いたかったよ■ |
「予告取りやめて帰れ」 「そんな訳に行くか」 即答した割には、違う気持ちが怪盗の心の中にはあった。 できるなら、とっとと帰っている。・・・こんな日に飛ぶのは不向きで、移動に色々面倒なのだ。 今夜は台風直撃らしい。最近、やたらと天候に悩まされる事が多かった。 台風を告げる、特有の強風が嫌な予感を掻き立てている。 こんな日に予告などしてしまって、自分で後悔した程だ。 なのに、目の前の探偵と来たら。 「あ、そ。じゃ、せいぜい頑張れよ怪盗さん」 「名探偵は来ないのかよ?」 「窃盗は管轄外だし。台風だし。蘭が夕飯作って待ってるし」 「・・・・・・・・・」 (・・・むかつく) 珍しく、予告時間直前に居場所を嗅ぎ当てられ、顔をつきあわせた途端、何を言うかと思えば予告を取り消せと。 できないなら、帰ると何事だろう。 それに、この探偵は怪盗を捕まえる為に警察に呼ばれたはずだ。 普段キッドを血眼になって追っているクラスメイトの探偵はイギリスへ行っている。 となれば、工藤新一に応援要請が掛かるはずなのに。 今、新一は犯行を未然に防止し、罪人をみすみす逃がそうとしている。 「・・警察に協力されている訳ではないのですか?」 「してるから、早く帰る為にお前説得してんだろ?」 (説得すれば、引き下がるとでも思ってんのかね、こいつは・・・) 探偵の傲慢な態度にちょっとだけ、むっとした。 「甘く見られたものですね」 「変なとこでひがむな」 怪盗の怒りを然程気にしてない新一は恨み言もあっけなく交わした。 ポーカーフェイスが売りのはずが、感情が表に出ているのは、相手が見知った顔だから。 怪盗らしからぬ表情に、新一は嫌そうな顔をした。 「だーかーら。俺に免じて帰れよ?」 「予告をしといて、実行しないとはどうかと思いますが?」 予告をしたにも関わらず、途中で取り消すなんてできる訳がない。 怪盗の名が廃れる。 けれど、新一は取り合わない。 「でもな、本当のトコ、警察も今日は止めて欲しいと思ってるぜ?」 キッドが出たとなれば中森警部を筆頭に今夜は徹夜になるのは間違いない。こんな嵐の日に、だ。 警部の事ももちろんだが、きっとこんな日に独りきりにされたら怖がるだろう存在を怪盗は1人知っていた。 誰もいない家で父の帰りを待つであろう、あの娘。 風の音にクッションを抱き締め蹲る様子が容易に想像できた。 いくら喧嘩真っ只中と言え、例え八当りで予告を出したりして半ばヤケだとしても、気にならないはずはないのである。 結局、こんな状況下でさえ彼女の事を思い出した自分に気付いて、不覚にも探偵の前で苦笑してしまった。 辺り一面暗闇。月明かりを背にした怪盗の表情は新一からはよく見えないのが救いとばかりに、キッドはすぐに表情を引き締める。 「どうせ目的のもんじゃないんだろ?」 それでも怪盗の迷いが伝わったのか、駄目押しのように新一が言う。 確かに今回はビックジュエルではない。 本来なら盗む必要などない代物。どうせ、すぐにでも返すつもりでいた。 「てめー、無駄に罪状ふやしてんじゃねーよ」 「俺を気遣ってくれてるのか?」 未だ軽口なら叩く余裕があるらしく、すぐに返ってきた反応。 それには答えず、新一はただ呆れた顔をしている。 「とにかく、止めとけ。俺は帰る」 「自分勝手なヤツだな」 「おめーに言われたかねぇ」 その言葉に、キッドの眉が少しだけ上がった。 もしかしたらばれているのかもしれない、と。 青子経由で探偵の彼女。そして彼女から探偵へといった辺りだろう。 だとしたら、格好つかない話だ。 そして、もしそうならこんな形で怪盗に関わる探偵もお節介だ。 (確かに、俺も勝手だけど) ビルの屋上。フェンス越しに下を見れば、地上を走るパトカーの赤い光が数多く点滅していた。自分を追って走り回っているはずの警部の顔が怪盗の脳裏に霞める。 こんな日だから。 自分勝手ついでに、偶然とも意図的とも取れる探偵のお節介に乗ってしまうのもいいかもしれない。 そう思って視線を探偵に戻すと、怪盗は少しだけバツが悪そうに笑った。 「仕方ないから、名探偵に免じて今日の所は引き上げるとしますか」 「さっさと帰れ、バ怪盗」 その夜。 怪盗キッドは派手に登場した早々、中森警部目掛けて犯行取消と謝罪のカードをトランプ銃で撃ち放ち、優雅に一礼したかと思った途端、白い煙を焚き付けながら暗闇に消えて行った。カードに添えた言葉に納得したのか、それとも犯行が行われなかったせいか、追ってくるものは誰もいなかった。 怪盗の向う先はただ一つ。 民家の立ち並ぶ住宅街。時刻はすでに夜更けで、家の明りはほぼ消えていた。ただ、1つを除いて。 その1つを目指して飛んでいく。 少しだけ音を立てながら、ベランダに降り立つと相手が誰なのか分かったのだろう、カーテンが勢いよく開いた。 「か、かいと?何で、何で?」 「止めた」 「え・・?」 「会いたくなって・・・・・ごめんな」 告げた言葉に泣き笑いの彼女に、怪盗の余裕は何処かへ消え去り、彼女が目にしたのは既に白い衣装を纏っただけの男子高校生。ただただ不器用に言葉を紡いで、終いにはどうしようもなくなって抱きしめられた。 |
恋と愛とで20題「逢いたかったよ」 |