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 星屑の降る夜

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「快斗、何もお願い事ないの?」

快斗は今まで見ていたノートパソコンから目を離して、声のした方を振り返ると、少し離れた場所で青子が楽しそうに笹の葉に短冊を括りつけていた。
外は、朝から降り続いている雨のせいか、日没を過ぎた夜空は雲に覆われてどんよりとしている。
快斗は、ちらりと外を眺め、少し呆れた様子で口を開いた。

「・・青子、今日雨だぜ?笹吊るしても意味ないんじゃねーの?」
「えー、でも夜には晴れるって天気予報で言ってたよ?」
青子が満面の笑みで答えると、小さく肩を竦めた。
もっとも、もともと行事好きな所がある青子にとって、別に雨だろうがどうってことないのかもしれない。
こうやって、お祭りの準備をしている青子は実に楽しそうで、そんな子供っぽさに呆れつつも、そこが実は嫌いじゃない快斗は、それ以上何も言わずに小さく苦笑した。



今2人がいるのは、青子の家のリビング。
開け放たれた吐き出しの窓の外には、昼間青子が近所からもらった大きな笹の枝が、庭にある柱に括りつけられている。
風はなく、黙っていれば雨音が聞えてくる。
それでも青子は気にすることなく、先程と同じように、短冊を笹の葉に括りつけていた。

先程、快斗も書こうよと、差し出された冊を眺めながらも、快斗は何も書く気にはなれなかった。
青子ほど行事に興味がないというのもあったが、願い事を書き綴るのがなんだか照れ臭くて、書きたくなかった。
短冊を渡した当の本人は、快斗の態度をある程度予測していたのか、快斗がそんな事を思っている間も、短冊を渡した当の青子は、何も言わずに準備を続けていて。快斗はそっと短冊をポケットにしまった。



「快斗、手伝って」
書き終えた短冊を笹に吊るすために外へ出た青子の横で、両手のふさがった青子が濡れないように傘を持たされた快斗は、楽しそうにしている青子を余所に、空を見上げ密かに顔を顰めた。
相変わらず、外は雨が降っていて、星の1つも見えない。
どんよりとした厚い雲の隙間から、そっと僅かな月明かりだけが夜空に浮かんでいるだけで、どう見ても止む気配はなかった。





しばらくして、七夕の準備を終えた青子と共にリビングに戻ると、もう7時間近だった。
「快斗、今日おはさんいないんでしょ?夕飯食べてくよね?」
「ああ」
快斗が返事をすると、にこっと笑って青子は夕飯の準備をする為、リビングをでていった。

夜7時を回った頃、銀三が帰って来て、3人で青子の作った夕飯を囲んだ。
みんなが食べ終えた頃には、9時近くになっていて、雨もようやく小雨になって来たが、それでもまだ空は曇ったままだった。
案の定、庭の真中に括りつけられた笹の枝からは雨水が滴っている。
快斗はちらりと青子の表情をを伺ったが、その表情は別に外を気にしている様子もなく、
楽しそうに笑いながら話しているのを見てなんとなくホッとした。

夕飯を済ませた快斗が、銀三の晩酌に付き合って世間話をしていると、
台所で夕飯の後片付けをしていた青子の素っ頓狂な声が聞えてきた。
「いっけない!!卵切らしてた!!」
明日の朝ご飯どうしよう・・・言いながら、パタパタとリビングまで駆けてきて青子はじっと快斗を見た。
つまり、買い物について来て欲しいのだろう。
青子の視線に、快斗は乾いた笑いを浮かべて肩を竦めたが、結局ハイハイと腰を上げる。
「気をつけて行ってくるんだぞ」
快斗の背後で、2人のやりとりを見ていた銀三が微笑ましそうに笑うのを、背中越しに聞いた快斗はなんとなくがっかりした。



2人が外に出ると、思ったより小雨だった。
「夜中になればやむかもな」
近くのコンビニまでの道すがら、快斗が空を見上げながら呟くと、青子は嬉しそうに笑った。
けれど、さっさと買い物を済ませ店から出た後も、まだ雨は止んでなかった。
先程青子に言った手前、期待を裏切ってしまいそうな天気に快斗は顔を顰めた。
「やっぱ、今日晴れないかもね」
傘を指しながら、ぽつりと青子が呟く。
いつもよりもひどく寂しそうに聞えた声に、快斗は思わず青子の方を振り返った。
けれど、傘が邪魔して青子の表情は分からない。
僅かに見える口元は、やはりどこか寂しげな空気が漂っているような気がした。

(まったく、どんな願い事だよ・・。)

青子の様子を伺いながら、快斗は小さく溜め息をついた。
そして、ある考えに辿り着く。

いくら行事好きでも、とこんな風な表情をするなんて有り得ないのだ。
青子の表情を見て、快斗は青子がとんでもない願いをかけただろう事に気付いた。
そして、自惚れを承知であえて言うなら、そのとんでもない願いの原因が大体自分にあることも・・・・経験上察しがついた。
でも、一体何を願ったのか知らない快斗はなす術がない。
雨を、止ませる事ができたら。きっと、青子は笑うのだろうけど。

――いくら得意のマジックでも、この雨を止める事などできやしない。


でも―――。



ふと何かを思いついた快斗が、ポケットの中を探った。

目当てのものがあるのを確認すると、悪戯を思いついた時のような笑みが自然と口元に浮かんだ。
隣を歩く青子に気付かれないように少しずつ距離を空けて、片手で何かを細工する。
何かの準備を終えた快斗は、ちらちらと辺りに誰もいない事を確認して青子を呼び止めた。

「青子」
「なあに・・・―??」

呼ばれて青子が隣を見ると、並んで歩いていたはずの快斗はそこにはいなかった。
驚いて辺りを見渡すと、数歩離れたところに立っている快斗を見つけた。
急に立ち止まった快斗に何かあるのかと、不思議そうに首を傾げてみせると、
青子の目線の先に、快斗が右手を出してパチンと指を鳴らした。

次の瞬間、青子と快斗を囲んでいる周辺の空にだけ、無数の星が散りばめられた・・・・ように見えた。

「・・・・え?」

青子は、持っていた荷物を思わず落としそうになりながら寸での所で袋を握り直した。
一瞬、快斗のマジックだと理解できずに、目を見開く。
――さっきまでのどんよりと曇っていた空が嘘のような辺り一面の星空が目の前に現われ、青子は言葉もなかった。
まだ雨は降り続いていたが、、傘で視界が遮られるのが邪魔に思えて傘を持つ手を下ろし、空を見上げた。
はらはらと落ちてくる雨の雫が、快斗が放った星屑に重なって、余計煌きが増しているようで綺麗だった・・・。

青子はただ、その光景に見惚れていた。
いつのまにか快斗が青子の横に立ったのも気付く様子もなく、
快斗は目の色を輝かせて喜んでいる青子の表情を見つけて口を開いた。

「・・・七夕って色々言い伝えがあるみたいだけど、星に願いをかける風習もあるんだってさ」
快斗の声にやっと我に返り、青子は快斗が隣にいる事に気が付いた。
「え?それって・・・」
何かを言おうとした青子の手からするりと買い物袋を取り上げると、快斗は青子の言葉を聞かないまま呟いた。

「星じゃねーけど、代わりに願いかけとけよ」
絶対叶うって保証してやるからさ。



快斗の言葉に、青子は最初驚いたような表情をしたが、
やがてその表情はゆっくりと嬉しそうな表情に変わって、ふわりと微笑んだ。







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とりあえずの修正済。続きは後日追加予定。